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コンビニ人間 - 7

はい、おれ続いつづいて!」

私たちわたしたち店長てんちょう大きおおきこえ続いつづいて、こえをはりあげた。

「『私たちわたしたちは、お客様きゃくさま最高さいこうのサービスをお届けとどけし、地域ちいきのお客様きゃくさまから愛さあいされ、選ばえらばれるおみせ目指しめざしていくことを誓いちかいます!

』」「私たちわたしたちは、お客様きゃくさま最高さいこうのサービスをお届けとどけし、地域ちいきのお客様きゃくさまから愛さあいされ、選ばえらばれるおみせ目指しめざしていくことを誓いちかいます!」

「『いらっしゃいませー!』」

「いらっしゃいませー!」

「『かしこまりましたー!』」「かしこまりましたー!」

「『ありがとうございますー!』」

「ありがとうございますー!」三人さんにんこえ重なおもなる。

店長てんちょうがいるとやっぱり朝礼ちょうれい締ましまるな、と思っておもっていると、ぼそりと白羽しらはさんが言った。いった。

「……なんか、宗教しゅうきょうみたいっすね」

そうですよ、と反射的はんしゃてきこころなか答えこたえる。

これから、私たちわたしたちは「店員てんいん」という、コンビニのための存在そんざいになるのだ。

白羽しらはさんはそのことにまだ慣れなれない様子ようすで、くちをぱくぱくさせるだけで、ほとんどこえ出しだしていなかった。

朝礼ちょうれい終わりおわり今日きょう一日ついたちがんばろう!」

店長てんちょう言葉ことばに、「はい!」

わたし菅原すがわらさんが応えこたえた。

「それじゃあ、何かなにかわからないことあったら気軽きがる聞いきいてくださいね。

よろしくお願いねがいします!」

わたしこえをかけると、白羽しらはさんが薄くうすく笑っわらった。

「はあ、わからないこと?

コンビニのバイトで、ですか?」

白羽しらはさんははな笑い、わらい、笑っわらっ拍子ひょうしはながプーというおと出し、だし、鼻水はなみずはなあなまく作っつくっているのが見えみえた。

白羽しらはさんのかみ作っつくったような乾燥かんそうしきった皮膚ひふ裏側うらがわにも、まくをはるような水分すいぶんがあるのだなと、わたしがそのまく割れわれるのに気をきをとられていると、 「特にとくにないですよ。

僕はぼくは大体だいたいわかってるんで」

白羽しらはさんが小声こごえ早口はやくち言った。いった。

「あ、ひょっとして経験者けいけんしゃですかっ?」

菅原すがわらさんの言葉ことばに、「え?

いえ、違いちがいますけど」と小声こごえ答えこたえる。

「まあまあ、まだ習うならうことはいっぱいあるよー!

じゃあ古倉こくらさん、フェイスアップからよろしく!

おれもあがって今日はこんにちは寝るねるわー」

「はい!」

菅原すがわらさんは、「じゃあわたしはレジ行きいきます!」

走っはしっ行った。いった。

わたし白羽しらはさんをパック飲料いんりょうのところへ連れつれ行き、いき、菅原すがわらさんからトレースした喋りしゃべりほうで、白羽しらはさんに話しはなしかけた。

「じゃあ、まずはフェイスアップお願いねがいしますっ!

パックの飲み物のみものは、朝、あさ、特にとくに売れうれるので、売り場うりば綺麗きれいにしてあげてください。

フェイスアップしながら、プライスカードがちゃんとついていることも確認しかくにんしてくださいね!

あと、作業さぎょうしているときも、こえかけと挨拶あいさつ忘れわすれないでください。

客様きゃくさま買いかいにいらしたら、すぐに身体しんたいをどけて、お買いものかいもの邪魔じゃまにならないようにしてくださいねっ!」

「はい、はい」

白羽しらはさんはだるそうに返事へんじをしてパック飲料いんりょうのフェイスアップを始めはじめる。

「それが終わおわったら掃除そうじ教えおしえるんで、こえをかけてくださいね!」

彼はかれは返事へんじをせず、無言むごん作業さぎょう続けつづけるだけだった。

しばらくレジを打っうって、あさピークの行列ぎょうれつ終わおわった後にのちに様子ようす見に行くみにいくと、白羽しらはさんの姿すがたがなかった。

パック飲料いんりょう並びならびがぐちゃぐちゃになっていて、オレンジジュースがあるべきところに牛乳ぎゅうにゅう並んならんでいる。

白羽しらはさんを探しさがしにいくと、だるそうな仕草しぐさでバックルームのマニュアルを読んでよんでいるところだった。

「どうしました?

何かなにかわからないことがありましたか?」

白羽しらはさんはマニュアルのページを捲りまくりながらもったいぶった口調くちょう言った。いった。

「いや、こういうチェーンのマニュアルって、てき射ていてないっていうか、よくできてないですよね。

僕、ぼく、こういうのをちゃんとすることから、会社かいしゃって改善かいぜんされていくと思うおもうんですよ」

白羽しらはさん、さっき頼んたのんだフェイスアップなんですけど、まだ終わおわってないんですか?」

「いや、あれで終わりおわりですけど?」

白羽しらはさんがマニュアルから離さはなさないので、わたし近づちかづいて元気げんきこえ出しだした。

白羽しらはさん、まずはマニュアルよりフェイスアップです!

フェイスアップとこえかけは、基本中きほんちゅう基本きほんですよー!

わからなかったら一緒にいっしょにやりましょう!」

わたし億劫おっくうそうな白羽しらはさんを再びふたたびパック飲料いんりょう売り場うりばまで連れつれ行き、いき、よくわかるように、説明しせつめいしながら動かうごかして商品しょうひん綺麗きれい並べならべ直しなおし見せみせた。

「こうやって、お客様きゃくさま商品しょうひんかお向くむくように並べてなべてあげてくださいね!

あと、場所ばしょ勝手かって動かうごかさないで、ここが野菜やさいジュース、ここが豆乳とうにゅう決まきまってるんで……」

「こういうのって、おとこ本能ほんのう向いむいている仕事しごとじゃないですよね」

白羽しらはさんがぼそりと言った。いった。

「だって、縄文時代じょうもんじだいからそうじゃないですか。

おとこ狩りかり行って、いって、おんないえ守りまもりながら木の実このみ野草やそう集めあつめ帰りかえり待つ。まつ。

こういう作業さぎょうって、のう仕組みしくみ的に、てきに、おんな向いむいている仕事しごとですよね」

白羽しらはさん!

いま現代げんだいですよ!

コンビニ店員てんいんはみんなおとこでもおんなでもなく店員てんいんです!

あ、バックルームに在庫ざいこがあるんで、それを並べならべ仕事しごと一緒にいっしょに覚えおぼえちゃいましょう!」

ウォークインから在庫ざいこ出しだし白羽しらはさんに在庫ざいこ並べならべ説明せつめいをすると、わたし急いいそい自分じぶん仕事しごと戻っもどった。

フランクの在庫ざいこ持っもってレジに行くいくと、コーヒーマシーンのまめ補充ほじゅうをしていた菅原すがわらさんが、眉間みけんしわをよせてこちらを見た。みた。

「あの人、にん、なんかへんじゃないですかあ?

研修けんしゅう終わおわって、今日、きょう、ほとんど初日しょにちですよね?

まだろくにレジも打てうてないくせに、わたし発注はっちゅうやらせろって言っていってきたんですよ!」

「へえー」

方向性ほうこうせいはどうあれ、やる気がきがあるのはいいことだと思っておもっていると、菅原すがわらさんがもっちりとしたほお持ちもち上げあげ微笑んほほえんだ。

古倉こくらさんって、怒らいからないですよね」

「え?」

「いえ、古倉こくらさんって、偉いえらいですよね。

わたしああいうにんだめなんですー、イライラしちゃって。

でも古倉こくらさんって、ほら、わたしいずみさんに合わあわせて怒っいかってくれることはあるけど、基本的きほんてきにあんまり自分じぶんから文句もんく言ったいったりしないじゃないですか。

嫌ないやな新人しんじん怒っいかってるところ、見たみたことないですよね」

ぎくりとした。

まえ偽物にせものだと言いいい当てあてられた気がきがして、わたし慌てあわて表情ひょうじょう取りとり繕っつくらった。

「……そんなことないよ、かお出なでないだけ!」

「えー、そうなんですか?

古倉こくらさんに怒らいかられたら、まじでショック受けうけそー!」

菅原すがわらさんが高いたかいこえ笑う。わらう。

リラックスした菅原すがわらさんのまえで、わたし細心さいしん注意ちゅうい払っはらっ言葉ことば紡ぎ、つむぎ、かお筋肉きんにく動かうごか続けつづけている。

かごをレジに置くおくおと聞こきこえ、素早くすばやく振り向くふりむくと、つえをついた常連じょうれん女性客じょせいきゃく立ったっていた。

「いらっしゃいませ!」

元気げんきよく商品しょうひんのバーコードをスキャンし始めはじめると、女性じょせい細めほそめ言った。いった。

「ここは変わかわらないわねえ」

わたし少しすこし間のまのあと、 「そうですね!」

返しかえした。

店長てんちょうも、店員てんいんも、割り箸わりばしも、スプーンも、制服せいふくも、小銭こぜにも、バーコードを通しとうし牛乳ぎゅうにゅうたまごも、それを入れいれるビニールふくろも、オープンした当初とうしょのものはもうほとんどみせにない。

ずっとあるけれど、少しすこしずつ入れ替わいれかわっている。

それが「変わかわらない」ということなのかもしれない。

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