はい、俺に続いて!」
私たちは店長の大きな声に続いて、声をはりあげた。
「『私たちは、お客様に最高のサービスをお届けし、地域のお客様から愛され、選ばれるお店を目指していくことを誓います!
』」「私たちは、お客様に最高のサービスをお届けし、地域のお客様から愛され、選ばれるお店を目指していくことを誓います!」
「『いらっしゃいませー!』」
「いらっしゃいませー!」
「『かしこまりましたー!』」「かしこまりましたー!」
「『ありがとうございますー!』」
「ありがとうございますー!」三人の声が重なる。
店長がいるとやっぱり朝礼が締まるな、と思っていると、ぼそりと白羽さんが言った。
「……なんか、宗教みたいっすね」
そうですよ、と反射的に心の中で答える。
これから、私たちは「店員」という、コンビニのための存在になるのだ。
白羽さんはそのことにまだ慣れない様子で、口をぱくぱくさせるだけで、ほとんど声を出していなかった。
「朝礼終わり!今日も一日がんばろう!」
店長の言葉に、「はい!」
と私と菅原さんが応えた。
「それじゃあ、何かわからないことあったら気軽に聞いてくださいね。
よろしくお願いします!」
私が声をかけると、白羽さんが薄く笑った。
「はあ、わからないこと?
コンビニのバイトで、ですか?」
白羽さんは鼻で笑い、笑った拍子に鼻がプーという音を出し、鼻水が鼻の穴に膜を作っているのが見えた。
白羽さんの紙で作ったような乾燥しきった皮膚の裏側にも、膜をはるような水分があるのだなと、私がその膜が割れるのに気をとられていると、 「特にないですよ。
僕は大体わかってるんで」
と白羽さんが小声の早口で言った。
「あ、ひょっとして経験者ですかっ?」
菅原さんの言葉に、「え?
いえ、違いますけど」と小声で答える。
「まあまあ、まだ習うことはいっぱいあるよー!
じゃあ古倉さん、フェイスアップからよろしく!
俺もあがって今日は寝るわー」
「はい!」
菅原さんは、「じゃあ私はレジ行きます!」
と走って行った。
私は白羽さんをパック飲料のところへ連れて行き、菅原さんからトレースした喋り方で、白羽さんに話しかけた。
「じゃあ、まずはフェイスアップお願いしますっ!
パックの飲み物は、朝、特に売れるので、売り場を綺麗にしてあげてください。
フェイスアップしながら、プライスカードがちゃんとついていることも確認してくださいね!
あと、作業しているときも、声かけと挨拶を忘れないでください。
お客様が買いにいらしたら、すぐに身体をどけて、お買いものの邪魔にならないようにしてくださいねっ!」
「はい、はい」
白羽さんはだるそうに返事をしてパック飲料のフェイスアップを始める。
「それが終わったら掃除を教えるんで、声をかけてくださいね!」
彼は返事をせず、無言で作業を続けるだけだった。
しばらくレジを打って、朝ピークの行列が終わった後に様子を見に行くと、白羽さんの姿がなかった。
パック飲料は並びがぐちゃぐちゃになっていて、オレンジジュースがあるべきところに牛乳が並んでいる。
白羽さんを探しにいくと、だるそうな仕草でバックルームのマニュアルを読んでいるところだった。
「どうしました?
何かわからないことがありましたか?」
白羽さんはマニュアルのページを捲りながらもったいぶった口調で言った。
「いや、こういうチェーンのマニュアルって、的を射てないっていうか、よくできてないですよね。
僕、こういうのをちゃんとすることから、会社って改善されていくと思うんですよ」
「白羽さん、さっき頼んだフェイスアップなんですけど、まだ終わってないんですか?」
「いや、あれで終わりですけど?」
白羽さんがマニュアルから目を離さないので、私は近づいて元気な声を出した。
「白羽さん、まずはマニュアルよりフェイスアップです!
フェイスアップと声かけは、基本中の基本ですよー!
わからなかったら一緒にやりましょう!」
私は億劫そうな白羽さんを再びパック飲料の売り場まで連れて行き、よくわかるように、説明しながら手を動かして商品を綺麗に並べ直して見せた。
「こうやって、お客様に商品の顔が向くように並べてあげてくださいね!
あと、場所は勝手に動かさないで、ここが野菜ジュース、ここが豆乳と決まってるんで……」
「こういうのって、男の本能に向いている仕事じゃないですよね」
白羽さんがぼそりと言った。
「だって、縄文時代からそうじゃないですか。
男は狩りに行って、女は家を守りながら木の実や野草を集めて帰りを待つ。
こういう作業って、脳の仕組み的に、女が向いている仕事ですよね」
「白羽さん!
今は現代ですよ!
コンビニ店員はみんな男でも女でもなく店員です!
あ、バックルームに在庫があるんで、それを並べる仕事も一緒に覚えちゃいましょう!」
ウォークインから在庫を出して白羽さんに在庫を並べる説明をすると、私は急いで自分の仕事に戻った。
フランクの在庫を持ってレジに行くと、コーヒーマシーンの豆の補充をしていた菅原さんが、眉間に皺をよせてこちらを見た。
「あの人、なんか変じゃないですかあ?
研修終わって、今日、ほとんど初日ですよね?
まだろくにレジも打てないくせに、私に発注やらせろって言ってきたんですよ!」
「へえー」
方向性はどうあれ、やる気があるのはいいことだと思っていると、菅原さんがもっちりとした頬を持ち上げて微笑んだ。
「古倉さんって、怒らないですよね」
「え?」
「いえ、古倉さんって、偉いですよね。
私ああいう人だめなんですー、イライラしちゃって。
でも古倉さんって、ほら、私や泉さんに合わせて怒ってくれることはあるけど、基本的にあんまり自分から文句言ったりしないじゃないですか。
嫌な新人に怒ってるところ、見たことないですよね」
ぎくりとした。
お前は偽物だと言い当てられた気がして、私は慌てて表情を取り繕った。
「……そんなことないよ、顔に出ないだけ!」
「えー、そうなんですか?
古倉さんに怒られたら、まじでショック受けそー!」
菅原さんが高い声で笑う。
リラックスした菅原さんの前で、私は細心の注意を払って言葉を紡ぎ、顔の筋肉を動かし続けている。
かごをレジに置く音が聞こえ、素早く振り向くと、つえをついた常連の女性客が立っていた。
「いらっしゃいませ!」
元気よく商品のバーコードをスキャンし始めると、女性は目を細めて言った。
「ここは変わらないわねえ」
私は少しの間のあと、 「そうですね!」
と返した。
店長も、店員も、割り箸も、スプーンも、制服も、小銭も、バーコードを通した牛乳も卵も、それを入れるビニール袋も、オープンした当初のものはもうほとんど店にない。
ずっとあるけれど、少しずつ入れ替わっている。
それが「変わらない」ということなのかもしれない。