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コンビニ人間 - 6

朝、あさ、早くはやく覚めさめてしまったときは、一駅ひとえきまえ降りおりみせまで歩くあるくことにしている。

マンションや飲食店いんしょくてん立ちたち並んならんでいる場所ばしょから、みせほう歩いあるいていくにしたがって、オフィスビルしかなくなっていく。

その、ゆっくりと世界せかい死んしんでいくような感覚かんかくが、心地ここちいい。

初めてはじめてこのみせ迷い込んまよいこんだときと変わかわらない光景こうけいだ。

早朝、そうちょう、たまにスーツ姿すがたのサラリーマンが早足はやあし通りとうり過ぎすぎていくだけで、ほとんど生き物いきもの見当たみあたらない。

こんなにオフィスしかないのに、コンビニで働いはたらいていると住民じゅうみんかぜきゃく訪れおとずれるので、一体いったいどこに住んすんでいるのだろうといつも思う。おもう。

このセミの抜けぬけからなか歩いあるいているような世界せかいのどこかで、わたしの「お客様きゃくさま」が眠っねむっているのだとぼんやり思う。おもう。

よるになると、オフィスのひかり幾何学的きかがくてき並ぶならぶ光景こうけい変わかわる。

自分じぶん住んすんでいる安いやすいアパートが並ぶならぶ光景こうけい違っちがって、ひかり無機質むきしつで、均一きんいつしょくをしている。

みせ周りまわり歩くあるくのは、コンビニ店員てんいんにとって大切たいせつ情報収集じょうほうしゅうしゅうでもある。

近くちかく飲食店いんしょくてん弁当べんとう始めはじめたら売上うりあげ影響えいきょうするし、新しくあたらしく工事こうじ始まはじまればそこで働くはたらくきゃく増えふえる。

みせがオープンして4年目、ねんめ、近くちかくにあるライバルみせ潰れつぶれたときは大変たいへんだった。

そのふんきゃく殺到さっとうして、ひるピークが終わおわらずに残業ざんぎょうをした。

弁当べんとうかず足りたりなくて、店長てんちょう本社ほんしゃにんにリサーチ不足ふそくだと叱らしかられていた。

そんなことが起きおきないように、わたしはこのまちを、店員てんいんとして、しっかりと見つみつめながら歩くあるくことにしている。

今日はこんにちは特にとくに大きおおき変化へんかはなかったが、近くちかく新しいあたらしいビルができるようなので、完成しかんせいしたらまたきゃく増えふえるかもしれない。

そんなことをあたま刻みきざみながらみせまで辿りたどりつき、サンドイッチとおちゃ買っかってバックルームに入るいると、今日きょう夜勤やきん入っいっっていた店長てんちょうが、あせばんだ身体しんたい丸めまるめて、おみせのストアコンピューターに数字すうじ入力にゅうりょくしているところだった。

「おはようございます!」

「あ、おはよう古倉こくらさん、今日きょう早いはやいねー!」

店長てんちょうは30とし男性だんせいで、常につねにきびきびとしている。

くち悪いわるい働きはたらきものの、このみせで8人目ひとめ店長てんちょうだ。

人目ひとめ店長てんちょうはサボりくせがあり、4人目ひとめ店長てんちょう真面目まじめ掃除そうじ好きすきで、6人目ひとめ店長てんちょうくせのあるにん嫌わきらわれ、夕勤ゆうきん全員ぜんいん一気いっき辞めやめるというトラブルになった。

人目ひとめ店長てんちょう比較的ひかくてきアルバイトからも好かすかれ、自分じぶんからだ動かうごかして働くはたらくタイプなので、見てみていて気持ちきもちがいい。

人目ひとめ店長てんちょう気弱すきよわすぎて夜勤やきんになかなか注意ちゅういができずにみせがぼろぼろになってしまったので、少しすこしくち悪くわるくてもこれくらいのほうが働きはたらきやすいと、8人目ひとめ店長てんちょう見るみる思う。おもう。

18年間、ねんかん、店長てんちょう」は姿すがた変えかえながらずっとみせにいた。

一人一人ひとりひとり違うちがうのに、全員ぜんいん合わあわせて一匹いっぴき生き物いきものであるような気持ちきもちになることがある。

人目ひとめ店長てんちょうこえ大きく、おおきく、バックルームではいつも彼のかのこえ反響はんきょうしている。

「あ、今日、きょう、新人しんじん白羽しらはさんとだから!

夕方ゆうがた研修けんしゅうしてたから昼勤ちゅうきん初めてはじめてだよね。

よろしくしてあげてねー!」

「はい!」

元気げんきよく返事へんじをすると、店長てんちょう数字すうじ打ち込むうちこむ休めやすめずに何度なんど頷いうなずいた。

「いやあ、古倉こくらさんがいると安心あんしんだわー。

岩木いわきくん本格的ほんかくてき抜けぬけちゃうから、しばらく、古倉こくらさんといずみさんと菅原すがわらさん、それと新戦力しんせんりょく白羽しらはさんの四人よにんひるまわすことになるけど、よろしく!

おれはちょっと、しばらくのかん夜勤やきん入るいるしかなさそうだわー」

こえのトーンは全くまったく違うちがうものの、店長てんちょういずみさんと同じおなじように語尾ごび伸ばしのばし喋るしゃべるくせがある。

いずみさんの後にのちに人目ひとめ店長てんちょう来たきたから、いずみさんのが店長てんちょう移っうつったのかもしれないし、店長てんちょう喋りしゃべり方をほうを吸収きゅうしゅうしていずみさんがますます語尾ごび伸ばのばすようになったのかもしれない。

そんなことを考えかんがえながら、わたし菅原すがわらさんの喋りしゃべりほう頷いうなずいた。

「はい、大丈夫だいじょうぶです!

早くはやく新しいあたらしいにん入っいっってくれるといいですね!」

「うーん、募集ぼしゅうかけたり、夕勤ゆうきん友達ともだちでバイト探しさがしてるいないかこえかけたりしてるんだけどねー!

昼勤ちゅうきん古倉こくらさんがしゅう5で入れいれるから助かたすかるわー」

人手不足ひとでぶそくのコンビニでは、「可もなく不可もなく、かもなくふかもなく、とにかく店員てんいんとしてみせ存在そんざいする」ということがとても喜ばよろこばれることがある。

わたしいずみさんや菅原すがわらさんに比べくらべると優秀ゆうしゅう店員てんいんではないが、遅刻ちこく無欠むけつつとむでとにかく毎日まいにち来るくるということだけはだれにも負けまけないため、良いよい部品ぶひんとして扱わあつかわれていた。

そのときドアの向こうむこうから、「あのう……」とか細いこまいこえがした。

「あ、白羽しらはさん?

入っいっっ入っいっって!

俺、おれ、30分前ふんまえ出勤しゅっきんするように言わいわなかった?

遅刻ちこくだよー!」

店長てんちょうこえ静かしずかにドアが開き、ひらき、180はゆうに超えこえるだろう、ひょろりと高い、たかい、針金はりがねのハンガーみたいな男性だんせいきながら入っいっってきた。

自分自身じぶんじしん針金はりがねみたいなのに、銀色ぎんいろ針金はりがねかお絡みからみついたような眼鏡めがねをかけている。

白いしろいシャツに黒いくろいズボンというみせのルールを守っまもっ服装ふくそうだが、痩せやせすぎていてシャツのサイズが合っあっておらず、手首てくび見えみえているのにはらのあたりには不自然ふしぜんしわ寄っよっていた。

ほねかわがこびりついているような白羽しらはさんの姿すがた一瞬いっしゅん驚いおどろいたが、わたしはすぐにあたま下げさげた。

初めはじめまして!

昼勤ちゅうきん古倉こくらです。

よろしくお願いねがいします!」

いま言い方いいかたは、店長てんちょう近かちかかったかもしれない。

白羽しらはさんはわたし大声おおごえきょうんだようなかおをして、「はあ……」と曖昧あいまい返事へんじをした。

「ほら白羽しらはさんも、挨拶あいさつ挨拶あいさつ

最初さいしょ肝心かんじんだからね、ちゃんと挨拶あいさつして!」

「はあ……おはようございます……」

白羽しらはさんはもごもごと小さちいさこえ出しだした。

今日はこんにちは研修けんしゅう終わおわって、もう昼勤ちゅうきん一員いちいんだからねー!

レジと掃除そうじ基本的きほんてきなファーストフードの作りつくりかたは教えおしえたけど、覚えおぼえなきゃいけないことはたくさんあるからね!

このにん古倉こくらさん、なんと、このみせがオープンしてからのスタッフだから!

何でなんで聞いきい教わおそわって!」「はあ……」

「18年間ねんかんだよ18年間ねんかん

はは、びっくりしたでしょ、白羽しらはさん!

大先輩だいせんぱいだよー!?」

店長てんちょう言葉ことばに、「え……?」

白羽しらはさんが怪訝けげんかおをする。

くぼんだがさらにおく引っ込んひっこんだような気がきがした。

気まずいきまずい空気くうきをどうしようかと考えかんがえていると、勢いいきおいよくドアが開いひらいて、菅原すがわらさんが姿すがた現しあらわした。

「おはようございますっ!」

楽器がっき入っいっったケースを背中せなか背負っせおってバックルームに入っいっってきた菅原すがわらさんは、白羽しらはさんに気が付いきがつい明るくあかるくこえをかけた。

「あ、新しいあたらしいにんだー!

今日きょうからよろしくお願いねがいします!」

菅原すがわらさんのこえは、店長てんちょうが8人目ひとめになってからますます大きくおおきくなっている気がきがする。

何だなんだ薄気味悪いうすきみわるいなあと思っておもっていると、いつの間にまに菅原すがわらさんも白羽しらはさんも身支度みじたく終えおえていた。

「よし、じゃあ今日はこんにちはおれ朝礼ちょうれいやるかー」

店長てんちょう言った。いった。

「では今日きょう連絡事項れんらくじこう

まず、白羽しらはさんの研修けんしゅう期間きかん終わり、おわり、今日きょうから9ときから5とき働いはたらいてもらいます!

白羽しらはさん、とにかく元気げんき声出しこえだしがんばってー!

わかんないことあったら二人ふたり聞くきくように!

二人ふたりともベテランだからねー。

今日、きょう、ひるピークもできればレジ打っうってみてねー」

「ああ、はい……」

白羽しらはさんががんく。

「あと、今日はこんにちはフランクがセールだから、いっぱい仕込んしこんで!目標もくひょうは100ほん

このまえのセールのとき83ほんだったからね、売れうれ売れうれる!

どんどん仕込んしこんじゃってねー!

古倉こくらさんよろしく!」

「はい!」わたしこえ張りはり上げ、あげ、元気げんきよく返事へんじをする。

「とにかく、体感温度たいかんおんどっていうのが大事だいじだからね、おみせでは!

前日ぜんじつとの気温差きおんさ激しいはげしいし、今日はこんにちは冷たいつめたいものが売れうれるから、ドリンクが減っへったら補充ほじゅうするように気を付けきをつけて!

こえかけは、フランクのセールと、デザートの新商品しんしょうひんのマンゴープリンでいこう!」

「わかりましたー!」

菅原すがわらさんもはきはきと答えこたえる。

「じゃ、伝達でんたつ事項じこうはこれくらいなんで、接客せっきゃくだい用語ようご誓いちかい言葉ことば唱和しょうわします。

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