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コンビニ人間 - 5

ミホは、いまでは結婚けっこんして地元じもと中古ちゅうこ一戸建ていっこだて買っかっていて、そこに友達ともだちがよく集まあつまっている。

明日あしたもアルバイトなので億劫おっくう思うおもうときもあるが、コンビニ以外いがい世界せかいとの唯一ゆいいつ接点せってんであり、同いおないねんの「普通ふつう三十代さんじゅうだい女性じょせい」と交流こうりゅうする貴重きちょう機会きかいなので、ミホの誘いさそいにはなるべく応じおうじるようにしている。

今日きょうも、ミホと、まだ小さいちーさい子供こども連れつれたユカリ、結婚けっこんしているが子供こどもはまだのサツキと私、わたし、というメンバーで、ミホのいえにケーキを持ちもち寄っよっておちゃをしていた。

子連れこづれのユカリは旦那だんな仕事しごと関係かんけいでしばらく地元じもと離れはなれていたので、会うあうのは久しひさしぶりだった。

駅前えきまえのショッピングモールで買っかったケーキを食べたべながら、みなかお見てみて懐かしいなつかしい懐かしいなつかしい連呼れんこするユカリにみな笑っわらった。

「やっぱり地元じもとはいいなあ。

恵子けいこまえ会っあったのって、わたし結婚けっこんしたばかりのごろだったよね」

「うん、そうそう。

あのときは、みなでお祝いいわいして、もっと大人数おおにんずうでバーベキューしたんだよねー。

懐かしいなつかしいなあ!」

わたしいずみさんと菅原すがわらさんの喋りしゃべり方をほうを混ぜまぜながら喋っしゃべっていた。

「なんか恵子、けいこ、変わかわったね」

感情かんじょう豊かゆたか喋るしゃべるわたしをユカリが見つみつめる。

まえはもっと、天然てんねんっぽい喋りしゃべりほうじゃなかった?

髪形かみがたのせいかな、雰囲気ふんいき違っちがっ見えみえる」

「えー、そう?

よく会っあってるからかな、ぜんぜん変わかわんない気がきがするけど」

ミホはくびをかしげたが、それはそうだとわたし思った。おもった。

だって、わたし摂取せっしゅする「世界せかい」は入れ替わいれかわっているのだから。

まえ友達ともだち会っあったとき身体しんたい中になかにあったみずが、いまはもうほとんどなくなっていて、違うちがうみず入れ替わいれかわっているように、わたし形成けいせいするものが変化しへんかしている。

数年前すうねんまえ会っあったときは、アルバイトはのんびりした大学生だいがくせい多くおおくて、わたし喋りしゃべり方はかたはいまとは全然ぜんぜん違っちがったと思う。おもう。

「そうかな!

変わかわってるかなー」

説明せつめいはせずに、わたし笑っわらってみせた。

「そういえば、ふく感じかんじはちょっと変わかわったかもねー?

まえはもっとナチュラルっぽかった気がきがする」

「あー、それはそうかもね。

それ、表参道おもてさんどうのおみせのスカートじゃない?

わたししょく違い、ちがい、試着しちゃくしたよー、可愛いかわいよね」

「うん、最近、さいきん、ここのふくばっかり着てきてる」

身に付けみにつけている洋服ようふくも、発すはっす言葉ことばのリズムも変わかわってしまったわたし笑っわらっている。

友達ともだちは、だれ話しはなしているのだろう。

それでも「懐かしいなつかしい」という言葉ことば連発れんぱつしながら、ユカリはわたし笑いわらいかけ続けつづける。

ミホとサツキは地元じもと頻繁ひんぱん会っあっているせいか、そっくりな表情ひょうじょう喋りしゃべり方をほうをしている。

特にとくに菓子かし食べ方たべかた似てにていて、二人ふたりともネイルを施しほどこし手でてでクッキーを小さくちーさく割りわりながらくち運んはこんでいる。

前かぜんからそうだったろうか、と思いおもいだそうとするが、記憶きおく曖昧あいまいだ。

まえ会っあったときの二人ふたり小さちいさくせ仕草しぐさは、もうどこかへ流れながれ出てでて行っていってしまったのかもしれないとも思う。おもう。

今度、こんど、もっと大人数おおにんずう集まろあつまろうか。

せっかくユカリも地元じもと帰っかえってきたんだし、シホとかにもこえかけてさー」

「うんうん、いいね、やろうよー」

ミホの提案ていあんみな身をみを乗りのり出す。だす。

「それぞれの旦那だんな子供こども連れつれてさー、バーベキューやろうよ、また」

「わあ、やりたい!

友達ともだち子供こども同士どうし仲良くなかよくなるのっていいよね」

「ああ、いいよねえ、そういうの」

うらやましそうなこえをあげたサツキに、ユカリが訊ねたずねる。

「サツキのとこは、子供こども作るつくる予定よていとかないの?」

「うーん、欲しいほしいんだけどねー。

自然しぜん任せまかせてるけど、そろそろにんかつしようかなって。

ね」「うん、うん、いいタイミングだよー絶対ぜったい

ミホががんく。

ぐっすりと眠るねむるミホの子供こども見つみつめるサツキを見てみていると、二人ふたり子宮しきゅう共鳴きょうめいしあっているような気持ちきもちになる。

頷いうなずいていたユカリが、ふとわたしのほうに視線しせん寄越しよこした。

恵子けいこは、まだ結婚けっこんとかしてないの?」

「うん、してないよ」

「え、じゃあまさか、いまもバイト?」

わたし少しすこし考えかんがえた。

この年齢ねんれい人間にんげんがきちんとした就職しゅうしょく結婚けっこんもしていないのはおかしなことだということは、わたしいもうと説明させつめいされて知ってしっている。

それでも事実じじつ知ってしっているミホたちのまえ誤魔化すごまかすのも憚らはばかられて、わたし頷いうなずいた。

「うん、実はじつはそうなんだ」

わたし返答へんとうに、ユカリは戸惑っとまどっ表情ひょうじょう浮かうかべた。

急いいそいで、言葉ことば付け加えつけくわえる。

「あんまり身体しんたい強くつよくないから、いまもバイトなんだー!」

わたし地元じもと友達ともだち会うあうときには、少しすこし持病じびょうがあって身体しんたい弱いよわいからアルバイトをしていることになっている。

アルバイトさきでは、おや病気びょうきがちで介護かいごがあるからだということにしていた。

二種類にしゅるい言い訳いいわけいもうと考えかんがえてくれた。

二十代にじゅうだい前半ぜんはんのころは、フリーターなど珍しいめずらしいものではなかったので特にとくに言い訳いいわけ必要ひつようがなかったが、就職しゅうしょく結婚けっこんというかたちでほとんどが、社会しゃかい接続しせつぞくしていき、いまでは両方りょうほうともしていないのはわたししかいない。

身体しんたい弱いよわいなどと言いいいながら、毎日まいにち立ちたち仕事しごと長時間ちょうじかんやっているのだから、おかしいと皆、みな、こころなかでは思っておもっているようだ。

変なへんなこと聞いきいていい?

あのさあ、恵子けいこって恋愛れんあいってしたことある?」

冗談じょうだんめかしながらサツキが言う。いう。

恋愛?れんあい?

付き合っつきあったこととか……恵子けいこからそういう話、はなし、そういえば聞いきいたことないなって」

「ああ、ないよ」

反射的はんしゃてき正直しょうじき答えこたえてしまい、みな黙りだまり込んこんだ。

困惑こんわくした表情ひょうじょう浮かうかべながら、目配めくばせせをしている。

ああそうだ、こういうときは、「うーん、いい感じかんじになったことはあるけど、わたしって見る目みるめがないんだよねー」と曖昧あいまい答えこたえて、付き合っつきあっ経験けいけんはないものの、不倫ふりんかなにかの事情じじょうがある恋愛れんあい経験けいけんはあって、肉体関係にくたいかんけい持っもったこともちゃんとありそうな雰囲気ふんいき返事へんじをしたほうがいいと、以前いぜんいもうと教えおしえてくれていたのだった。

「プライベートな質問しつもんは、ぼやかして答えこたえれば、向こうむこう勝手かって解釈かいしゃくしてくれるから」と言わいわれていたのに、失敗しっぱいしたな、と思う。おもう。

「あのさ、わたしけっこう同性愛どうせいあい友達ともだちとかもいるしさあ、理解りかいあるほうだから。

いまはアセクシャル?とかいうのもあるんだよねー」

をとりなすようにミホが言う。いう。

「そうそう、増えふえてるっていうよね。

若いわかいにんとか、そういうのに興味きょうみがないんだよね」

「カミングアウトするのも難しいむずかしいってテレビで見た、みた、それ」

せい経験けいけんはないものの、自分じぶんのセクシャリティを特にとくに意識いしきしたこともないわたしは、せい無頓着むとんちゃくなだけで、特にとくに悩んなやんだことはなかったが、皆、みな、わたし苦しくるしんでいるということを前提ぜんていはなしをどんどん進めすすめている。

たとえ本当ほんとうにそうだとしても、みな言ういうようなわかりやすいかたち苦悩くのうとは限らかぎらないのに、誰もだれもそこまで考えかんがえようとはしない。

そのほうが自分たちじぶんたちにとってわかりやすいからそういうことにしたい、と言わいわれている気がきがした。

子供こどもごろスコップで男子生徒だんしせいと殴っなぐったときも、「きっといえ問題もんだいがあるんだ」と根拠こんきょのない憶測おくそく家族かぞく責めせめ大人おとなばかりだった。

わたし被虐ひぎゃくたいだとしたら理由りゆう理解りかいできて安心すあんしんするから、そうに違いちがいない、さっさとそれを認めみとめろ、と言わいわんばかりだった。

迷惑めいわくだなあ、何でなんでそんなに安心しあんしんしたいんだろうと思いおもいながら、 「うーん、とにかくね、わたし身体しんたい弱いよわいから!」

と、いもうとが、困っこまったときはとりあえずこう言えいえ言っていっていた言い訳いいわけをリピートした。

「そっか、うんうん、そうそう、持病じびょうとかあるとね、いろいろ難しいむずかしいよね」

「けっこうずっと前かぜんからだよね、大丈夫ー?だいじょうぶー?

早くはやくコンビニに行きいきたいな、と思った。おもった。

コンビニでは、働くはたらくメンバーの一員いちいんであることがなによりも大切たいせつにされていて、こんなに複雑ふくざつではない。

性別せいべつ年齢ねんれい国籍こくせき関係かんけいなく、同じおなじ制服せいふく身に付けみにつければ全員ぜんいんが「店員てんいん」という均等きんとう存在そんざいだ。

時計とけい見るみる午後ごごの3ときだった。

そろそろ、レジの精算せいさん終わおわって銀行ぎんこう両替りょうがえ完了かんりょうし、トラックに乗っじょうったパンとお弁当べんとう届いとどい並べならべ始めはじめているころだ。

離れはなれていても、コンビニとわたし繋がつながっている。

遠くとおく離れはなれた、ひかり満ちみちたスマイルマートにち色町いろまち駅前えきまえみせ光景こうけいと、そこを満たみたしているざわめきを鮮明せんめい思い浮かおもいうかべながら、わたしはレジを打つうつためにつめ切りきりそろえられたを、ひざ上でうえで静かしずか撫でなでた。

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