日本語

コンビニ人間 - 3

オフィスまちだからスーツや制服姿せいふくすがたきゃくばかりをあたま浮かうかべていたが、最初さいしょ入っいっってきたのは、みな配っくばっ割引わりびきのチラシを持っもった、住民じゅうみんかぜ集団しゅうだんだった。

最初さいしょきゃくは、年配ねんぱい女性じょせいだった。

つえをついた女性じょせい一番いちばん入り、いり、おにぎりやお弁当べんとう割引わりびきのクーポンを持っもっきゃく大勢、おおぜい、それに続いつづいみせ流れながれ込んこんでくる光景こうけいを、わたし呆然ぼうぜん眺めながめていた。

古倉こくらさん、ほら、声出しこえだして!」

社員しゃいん言わいわれ、わたしわれ返っかえった。

「いらっしゃいませ!

本日、ほんじつ、オープニングセールなかです!

いかがでしょうか!」

みせなか行うおこなうこえかけ」も、実際にじっさいに「お客様きゃくさま」がいる店内てんないでは、まったく違うちがう響きひびき反響はんきょうした。

「お客様きゃくさま」がこんなにおとをたてる生き物いきものだとは、わたし知らしらなかった。

反響はんきょうする足音あしおとに、声、こえ、菓子かしのパッケージをかごに放りほうり込むこむ音、おと、冷たいつめたい飲み物のみもの入っいっっているとびらをあける音。おと。

わたしきゃく出すだすおと圧倒あっとうされながらも、負けまけじと、「いらっしゃいませ!」

繰り返しくりかえし叫んさけんだ。まるで作りつくりものではないかと思うおもうほど綺麗きれい並んならんでいた食べ物たべものやお菓子かしやまが、「お客様きゃくさま」の手でてであっという間にまに崩さくずされていく。

どこか偽物にせものじみていたみせが、その手でてでどんどん生々しくなまなましく姿すがた変えかえていくようだった。

最初さいしょにレジに来たきたのは、みせ最初さいしょあし踏みふみ入れいれたのと同じ、おなじ、上品じょうひんそうな年配ねんぱい女性じょせいだった。

わたしはマニュアルを反芻はんすうしながらレジに立ったっていた。

女性じょせいはシュークリームとサンドイッチと、おにぎりがいくつか入っいっったかごをレジに置いた。おいた。

一人目ひとりめきゃくがレジに来たきたことで、カウンターの中になかにいる店員てんいん背筋せすじがさらに伸びのびる。

社員しゃいん注目ちゅうもく集めあつめながら、わたし研修けんしゅう習っならっ通りとうりに、女性客じょせいきゃく向かむかって一礼いちれいした。

「いらっしゃいませ!」

研修けんしゅう見せみせられたビデオの女性じょせい全くまったく同じおなじトーンで、わたしこえ出しだした。

かごを受け取り、うけとり、研修けんしゅう習っならっ通りとうりにバーコードをスキャンし始めはじめた。

新人しんじんわたしよこについている社員しゃいんが、素早くすばやく商品しょうひんふくろ入れいれていく。

「ここは朝、あさ、何時なんじからやってるの?」

女性じょせい訊ねたずねた。

「ええと、今日はこんにちは10ときからです!

あの、これからはずっとやっています!」

研修けんしゅう習っならっていない質問しつもんにまだうまく答えこたえられないわたしを、社員しゃいん素早くすばやくフォローした。

本日ほんじつより、24時間営業じかんえいぎょうでオープンしております。

年中無休ねんじゅうむきゅうです。

どうぞいつでもご利用りようください!」

「あら、夜中よなかもやってるの?あさも?」「はい」わたしがんくと、女性じょせいは「便利べんりねえ。

わたしはほら、こし曲がっまがっ歩くあるくのが大変たいへんだから。スーパーが遠くとおく困っこまってたのよ」とわたし微笑みほほえみかけた。「はい、これからは、24時間営業じかんえいぎょうでオープンしております。どうぞいつでもご利用りようください!」よこにいた社員しゃいん言葉ことばをそのまま、わたし繰り返しくりかえした。「すごいわねえ。

店員てんいんさんも大変たいへんだわねえ」

「ありがとうございます!」

社員しゃいん真似まねをして、勢いいきおいよくお辞儀じぎをしたわたしに、女性じょせい笑っわらって「ありがとうね、またきます」と言い、いい、レジから去っさっ行った。いった。

よこ立ったっ袋詰ふくろづめめをしていた社員しゃいん満足まんぞくそうに頷いうなずいた。

古倉こくらさん、すごいね、完璧かんぺき

初めてはじめてのレジなのに落ち着いおちついてたね!

その調子、ちょうし、その調子ちょうし!ほら、次のつぎの客様きゃくさま!」

社員しゃいんこえまえ向くむくと、かごにセールのおにぎりをたくさん入れいれきゃく近づちかづいてくるところだった。

「いらっしゃいませ!」

わたしはさっきと同じおなじトーンでこえをはりあげて会釈えしゃくをし、かごを受け取っうけとった。

そのとき、わたしは、初めて、はじめて、世界せかい部品ぶひんになることができたのだった。

わたしは、今、いま、自分じぶん生まれうまれたと思った。おもった。

世界せかい正常せいじょう部品ぶひんとしてのわたしが、この日、にち、確かにたしかに誕生たんじょうしたのだった。

わたしはたまに、電卓でんたくで、そのにちから過ぎすぎ時間じかん数えかぞえてみることがある。

スマイルマートにち色町いろまち駅前えきまえみせ一日ついたち休むやすむことなく、灯りあかり灯しともしたまま回転かいてん続けつづけている。

先日、せんじつ、みせは19回目かいめの5がつにち迎え、むかえ、あれから15まん7800時間じかん経過けいかした。

わたしは36としになり、おみせも、店員てんいんとしてのわたしも、18としになった。

あのにち研修けんしゅう一緒にいっしょに学んまなん店員てんいんは、もう一人ひとり残っのこっていない。

店長てんちょうも8人目ひとめだ。

みせ商品しょうひんだって、あのにちもの一つひとつ残っのこっていない。

けれどわたし変わかわらず店員てんいんのままだ。

わたしがアルバイトを始めはじめたとき、家族かぞくはとても喜んでよろこんでくれた。

大学だいがく出て、でて、そのままアルバイトを続けつづけると言ったいったときも、ほとんど世界せかい接点せってんがなかった少しすこしまえわたし比べくらべれば大変たいへん成長せいちょうだと、応援おうえんしてくれた。

大学一年生だいがくいちねんせいのときは土日どにち含めふくめしゅうにちだったアルバイトに、いましゅうに5日通にっつうっている。

いつもいえ帰るかえるとすぐに、狭いせまいろく畳半じょうはん敷きしきっぱなしの布団ふとん上にうえに身体しんたいよこたえる。

大学だいがく入っいっっ時、とき、わたし実家じっか出てでて家賃やちん安いやすい部屋へや探しさがし住みすみ始めはじめた。

いつまでも就職しゅうしょくをしないで、執拗しつようといっていいほど同じおなじみせでアルバイトをし続けつづけわたしに、家族かぞくはだんだんと不安ふあんになったようだが、そのころにはもう手遅れておくれになっていた。

なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通ふつう就職先しゅうしょくさきではだめなのか、わたしにもわからなかった。

ただ、完璧かんぺきなマニュアルがあって、「店員てんいん」になることはできても、マニュアルのそとではどうすれば普通ふつう人間にんげんになれるのか、やはりさっぱりわからないままなのだった。

両親りょうしん甘く、あまく、いつまでもアルバイトをしているわたし見守っみまもってくれている。

申し訳もうしわけなく思い、おもい、二十代にじゅうだいのころ、一応いちおう就職活動しゅうしょくかつどうをしてみたこともあるが、コンビニのバイトしかしていないわたしは、書類しょるい選考せんこう通るとうることさえめったになく、面接めんせつにこぎつけても何故なぜ何年なんねんもアルバイトをしていたのかうまく説明せつめいできなかった。

毎日まいにち働いはたらいているせいか、ゆめなかでもコンビニのレジを打っうっていることがよくある。

ああ、ポテトチップスの新商品しんしょうひん値札ねふだがついていないとか、ホットのおちゃ沢山たくさん売れうれたので補充ほじゅうしなくては、などと思いおもいながらはっと覚めさめる。

「いらっしゃいませ!」という自分じぶんこえ夜中よなか起きおきたこともある。

眠れねむれないよるは、いましゅんいているあの透きすき通っかよったガラスのはこのことを思う。おもう。

清潔せいけつ水槽すいそうなかで、機械きかい仕掛けしかけのように、いまもおみせ動いうごいている。

その光景こうけい思い浮かおもいうかべていると、店内てんないおと鼓膜こまく内側うちがわ蘇っよみがってきて、安心しあんしんし眠りねむりにつくことができる。

あさになれば、またわたし店員てんいんになり、世界せかい歯車はぐるまになれる。

そのことだけが、わたし正常せいじょう人間にんげんにしているのだった。

あさの8時、とき、わたしはスマイルマートにち色町いろまち駅前えきまえみせのドアを開けひらける。

仕事しごとは9ときからだが、早くはやく来てきてバックルームで朝食ちょうしょく食べたべることにしている。

みせにつくと、2リットルのペットボトルのミネラルウォーターを一本いっぽんと、廃棄はいきになってしまいそうなパンやサンドイッチを選んえらん買い、かい、バックルームで食事しょくじをする。

バックルームには大きおおき画面がめんがあり、そこには防犯ぼうはんカメラの映像えいぞう映しうつし出さだされている。

夜勤やきん入っいっったばかりの、新人しんじんのベトナムにんのダットくんが必死ひっしにレジを打っうっている様子ようすや、慣れなれないかれをフォローしながら店長てんちょう走りはしり回っまわっている様子ようす眺めながめながら、何かなにかあったら制服せいふく着てきてバックルームのそと走っはしっていきレジを手伝おてつだおうと構えかまえつつ、パンを飲み込む。のみこむ。

朝、あさ、こうしてコンビニのパンを食べて、たべて、ひるごはんは休憩中きゅうけいちゅうにコンビニのおにぎりとファーストフードを食べ、たべ、よるも、疲れつかれているときはそのままみせのものを買っかっ帰るかえることが多い。おおい。

2リットルのペットボトルのみずは、働いはたらいている間にまに半分はんぶんほど飲みのみ終え、おえ、そのままエコバッグに入れいれ持ち帰り、もちかえり、よるまでそれを飲んのん過ごすごす。

わたし身体しんたい殆どほとんどが、このコンビニの食料しょくりょうでできているのだと思うおもうと、自分じぶんが、雑貨ざっかたなやコーヒーマシーンと同じ、おなじ、このみせ一部いちぶであるかのように感じかんじられる。

食事しょくじ終えおえると、天気予報てんきよほう確認しかくにんしたり、みせのデータを見たみたりする。

天気予報てんきよほうは、コンビニにとってとても大切たいせつ情報源じょうほうげんだ。

昨日きのう気温きおんとの重要じゅうようだ、今日はこんにちは最高気温さいこうきおん21度、ど、最低さいてい気温きおん14度。ど。

曇りくもりのち、夕方ゆうがたからはあめ予定よていだ。

気温きおんよりも寒くさむく感じかんじられるだろう。

暑いあついにちはサンドイッチが売れ、うれ、寒いさむいにちはおにぎりや中華ちゅうかまん、パンがよく売れうれる。

カウンターフーズも気温きおんによって売れうれるものが違う。ちがう。

にち色町いろまち駅前えきまえみせでは寒いさむいにちはコロッケがよく売れうれる。

ちょうどセールでもあるので、今日はこんにちはコロッケをたくさん作ろつくろうと、あたま叩きたたきこむ。

そんなことをしている間にまに時間じかん過ぎ、すぎ、みせには少しすこしずつ、わたし同じおなじときからアルバイトをする昼勤ちゅうきんにんたちが集まあつまってくる。

時半じはん過ぎすぎたころ「おはようございますー」というハスキーなこえがして、ドアが開いひらいた。

バイトリーダーとして信頼しんらいがおかれているいずみさんだ。

わたしより一つひとつ年上としうえの37とし主婦しゅふで、少しすこし性格せいかくはきついが、きびきびとよく働くはたらく女性じょせいだ。

少しすこし派手はで服装ふくそう現れ、あらわれ、ロッカーのまえでヒールのくつをスニーカーに履きはきかえている。

古倉こくらさん、今日きょう早いはやいねー。

あ、新商品しんしょうひんのパンだ。

それ、どう?」

わたし手にてにしているマンゴーチョコレートのパンを目にめにしたいずみさんが言う。いう。

少しすこしクリームにくせがあって、匂いにおい強くつよく食べたべにくいです。

あんまり美味しくおいしくないですねー!」

Top